再生──敗戦前

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 それから何日もかけて、万年不足した貧弱な医療物資とその場しのぎの看護ながら、継続的に治療(というより修理とでもいうべきような粗い手当て)を受けながら、少しずつ事情を聞いた。 「井ノ上さん、あんたは運がよかった。爆弾が爆発したのは、あんたの目と鼻の先だったみたいだが、あんたの前にはたまたま盾になる仲間がいた。発見したとき、あんたの躰の上に折り重なるようにべつの人間が倒れてたよ。だが引火してて、そこらじゅう凄い火事で、みんな丸焦げになっていた」  傷が疼いた。全身を包帯で巻かれているせいで体液が逃れ出ることができず、腐った皮膚も膿みも、やけどした肌にべったり密着して不快だった。 「あのままだったら、な。危うくあんたは焼け死に、意識が戻ることも、こうやって蘇生することもなかったろう。だが運がよかった。ここが熱帯でよかったな。驟雨(しゅうう)だよ、この地方特有の、激しい突風とにわか雨に襲われたんだ。ちょうどあのとき、急な豪雨が来て、敵機は撤退し火はきれいに消されたんだよ」  それで体表の熱傷は軽度ですんだのだ。しかし炎を吸いこんでしまったようで喉が奥まで焼け、まともな声は出せなくなっていた。視覚もあのときの衝撃と熱波でやられてしまったようだった。  しばらくして、両脚がまだ歩行できるまでに機能回復しなくとも、腕が動くようになるとすぐ妻へ手紙を綴った。弱々しく、乱れ、頼りない筆致だったが、できるかぎり克明に怪我を負った経緯を書いた。本土で夫の帰郷を待つ妻に、いらぬ心配は掛けたくなかったが、どうなっても自分が無事であることを早く知らせたかったからだ。  克明に、といっても検閲をおそれ、具体的な地名や現実そのままの惨状を書くのは避けた。とはいえ、戦況が不利になってからは余裕がなくなり書簡の検閲も不徹底になったらしいものの、戦闘場面の描写はさすがにまずかったかもしれない。  そして「私は」という主語まで忘れてしまうほどに自分というものを見失い、まさに国と軍に滅私奉公し、大切なものを知らぬ間になくしてしまった。  井ノ上誠はあの日、死んでいた。
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