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海を望む墓地にて──敗戦後
墓標に整然と刻まれた文字は、死者の名と没年月日を記録するだけで、それ以上何も語らない。
「あの日、結局また夜の空襲があって、今度は壕に逃げこむ前に殺されてしまった」
長いこと沈黙し、ふたりの間を流れていたしじまを、喜代美の言葉がせきとめた。暗いなか、おもむろに再生された私の記憶も。
「みどり姉さん、義兄さんが必ず帰ってくると信じてたのね」
私はただ無言で頷くしかなかった。
「だから骨になってでも、再会できてよかった。ほんとうは生きてあいまみえたかったでしょうけど」
これが戦場のただなかだったならば、きっと遺体を発見することは不可能だったろう。遺骨はおろか遺品ひとつ見つけることさえ困難をきわめたに違いない。しかし混乱した焼け跡に、燃えずに身元を特定するものが残っていた。ばらばらに、ぐしゃぐしゃになったひとりぶんの人骨のかたわらに。
「手紙があってよかった。大切に缶箱に入れてたのが幸いしたのね。そのなかから、送られてきた手紙と書きかけの便箋が出てきた」
蝉時雨がすっとやんだ。
「最後の手紙……義兄さん、覚えてますか。『碧へ。不思議ですね、戦うという漢字をあて、そよぐことを戦ぐと記します。田舎で眼にした爽やかな風に戦ぐ平和な海は、ここからは見えない。ここは生ぬるい風に……』という書き出しを。姉さんはこれを読んで返事を書いていたの」
眼も見えぬ、口もきけぬ。大切なものを喪った人間は死者と同じ。そんな私に、あの人が最期に宛てた手紙を読み聞かせてくれた。
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