海を望む墓地にて──敗戦後

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海を望む墓地にて──敗戦後

 ただ無心に手のひらを合わせた。  瞼を上げる直前、塩分の濃い潮の匂いに混じってほのかに伽羅(きゃら)の香りが鼻腔をくすぐった。しゃがみこんだ姿勢の無防備な首筋を、夏の盛りの直射日光が照りつける。  眼前には虚無があるだけだ。命の灯火の消え失せた、闇。きつく合掌したままの両手のすぐその前で、細い線香の煙りがひとすじ、ときおり海から吹き上げてくる風に掻き消されそうになりつつ、揺れ(くすぶ)っているようだった。 「みどり姉さん、あれだけ自分ひとりなら(いや)がってたくせに、まこと義兄(にい)さんと関係することなら、こうやってあっさり島に帰ってくるのよね」  私をここまで連れてきてくれた喜代美(きよみ)が、半分あきれた声色で吐息まじり、親しげな言葉を背後で口にした。哀しみと悼みの感情をそっと織り交ぜ隠して。それがどこか責めるような調子にも感じられたのは、彼女に対しても、そしてほかならぬ自分自身に対しても、弁解しようのない負い目みたいものを私がずっと胸に(いだ)いていたからなのかもしれない。 「姉さん、義兄さんが無事に帰ってくるまで東京の家を離れないって、父さんや母さんが説得してもまったく云うこと聞かなかったのに……」  返す言葉はない。私はとうに声を失していた。叫ぶことも、泣きわめくことも満足にできない。自分の命よりも大事な伴侶を永遠に(うしな)った私に、もはや感傷も言葉もどうせ必要ないだろう。誰かと心を通い合わせ意志疎通を図ることなど、どうせ。
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