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燦々と降りそそぐ太陽の光をとらえた大きな瞳。真っ直ぐ、そのまなざしを風の凪いだ沖へと向け、誠さんはおっしゃいましたね。
「私はこの海が好きです」
そう、誰彼はばかることなく自信をもってご自分の感情を言葉にする、そんな貴方の凛々しい横顔がわたくしは好きでした。
「人によっては、どこに顔を向けても必ずといっていいほど対岸の山やべつの島が見える、この海が好きではないでしょう。見渡すかぎり水平線の、遥か彼方まで未知の世界が広がる、どこか自分の知らない場所へと、たくさんいろんな人間や文化のある異国へと旅することのできる太平洋のような、広大な海に心惹かれる人のほうがきっと多いことと思います」
瀬戸内に浮かぶいくつもの漁船や島々を見やりつつ、ふたりで海岸線をなぞるように歩きながら交わした、他愛もない会話でした。
「日本はつい何十年か前まで、鎖国して閉じ籠もっていたからですね。その反動で外の世界へ飛び出してみたくなったんだわ」
「たしかに昔から日本は島国だから閉鎖的だと揶揄する人もいますね。しかし閉じ籠もっていたのはたかだか二百年くらいですよ」
「あら、充分長いのではないかしら。誠さんもわたくしも二百年も時間が経てば、とうにお爺さんお婆さんになって亡くなってるわ。人生二、三回分。それに、日本が島国なのは遥か古代の時代から変わらないでしょう」
「ところが、だからといって閉鎖的だとはかぎらないのですよ。事実はまったく真逆なのです」
そう云って貴方は、思慮の浅いわたくしをからかうように、口もとをほころばせました。
「どういうことですか。だって日本は昔からいっつも遅れてて、まわりから浮いていて、自分勝手で排他的で……いまだって、むやみやたらにほかの国と喧嘩して……」
「そうではないのです。いや、いまの日本はたしかにそうかもしれない。しかし昔の日本は、本来の日本人はけっしてそんな狭い了見ではないのです」
不満が、いえ、目の前にいる未来の夫をいつか戦争にとられてしまうという不安が、思わず口をついて出そうになるわたくしに貴方は、少し表情を曇らせながらも変わらず穏やかな口調で諭してくれたのです。
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