雨の中

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 別段片付ける本も無かったので、青年はいつも裸電球のつまみを捻って明かりを消すだけで良かった。だが、その単調過ぎる作業が、青年にかえって不安を覚えさせていた。  青年はいつものようにつまみを捻ろうと椅子を動かしてきて上ったが、その手はつまみに触れたまま動きを止める。  青年は、電球の奥から見える窓に人影を見た。  客なのだろうかとひととき考えたが、よくよく考えれば、わざわざこんな雨の日に古書を買いに来る物好きがそうそう居るとも思えなかった。  恐らく雨宿りの人なのだろう。青年は気を取り直してまたつまみに手をかけた。が、どうしてもその人影が気になってしまった。  なので青年は、明かりを消すのを止め、椅子を降りてまっすぐ店の扉へ向かった。  青年は扉を開け人影の方を向くと「良かったら寄っていきますか?」と言った。そこには十代くらいの女が、ハンカチで雨を拭きながら店の軒下で空を見上げていた。女はその声に気付くと、無言で頷き、店の中に入った。  青年は女に「何か温かいものでもいかがですか?」と問うた。女は「ありがとうございます。頂きます」と品の良い微笑で応えた。  青年は古本たちを尻目に店を後にした。  台所でココアの缶からコップに粉を掬っている間、青年は自然と落ち着く気分になった。ひとつは、その女が存外綺麗だったと言うのもある。しかし、一番の理由は、店を閉めたくないと言う感情を、女が来たと言うことを理由に正当化出来たからであった。
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