雨の中

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 青年は温めた牛乳を注いだココアを片手に店まで戻った。すると、女がある本を手にとって読んでいるのが目に入った。  青年は彼女の前の机にそっとココアを置くと「何の本を読んでいるんですか?」と訊ねた。女は「クリストフ・カンタリオの詩集です」と簡略に答えた。青年は「そうですか」と言った後、思い出したように「ココアです。どうぞ飲んでください」とつけ加えて、少し離れて彼女に振り返った。  青年は物好きな人も居るものだと思っていた。普通は入口辺りに置いてあるゲーテの詩集や、シェイクスピアの戯曲集などを手にする事が多い。ましてや雨宿りで偶然立ち寄った古本屋である。なのに、わざわざ店の奥まで来て聞いた事もない詩人の詩集を手に取るその女の趣味に、青年は少し興味が湧いたのだった。  青年はしばらく女を見つめていたが、女が執心そうに黙読しているのを見て、近くにあった椅子にそっと座り込んだ。  ふと、女は青年が自分を見つめているのに気付いた。女は青年の方に顔だけ向けて「クリストフ・カンタリオはご存知ですか?」と唐突に尋ねてきた。いきなりなものだから、青年は少し慌てて「いいえ」と短くかえした。女は「是非読んでみて下さい。おすすめしますよ」と言い微笑んだ。青年はその笑顔にほだされて「機会があれば是非」と請けあった。  しばらくして、女は青年に何か言いかけようとしたが、窓の外が明るくなっているのに気付くと、棚の奥に本を戻し「ありがとうございました。おじゃましました」と言い店を出ていった。青年は「いえいえ。また寄って下さい」と言うと、女の後ろ姿を見送った。
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