雨の中

5/7

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 青年は我に帰ると、しばらくその女の容姿を思い浮かべて嬉々とした気分だった。濡れた髪に白いワンピースを着て、絵に描いたような妖しさを滲ませていた女が実際に居るのだなと感心した。  そんなことなので、青年が店を閉めることをすっかり忘れていたのに気づいたのは、その時ちょうど手元に積んであった一冊の文庫本を一章読み終わった、時計の時針が6の文字にかかった頃であった。  店の中には夕陽が直接差し込み、店の中央にある白熱電球のステンドグラスの笠に当たって赤や青、様々な色の光が店中に散っていた。  青年は店の明かりを消し扉に鍵をかけると、初めて見るその異様な光景にしばらく目を奪われたが、間もなく陽が沈むと、扉の札を【閉店】に回して奥へ入った。その際に、青年は先ほど女に出したココアが手付かずのまま残っていたのを目にした。青年はどことなくそれが残念に思われたが、物珍しいものを見られたと言う高揚感に乗せられて、そのまま奥へと入っていった。   ***  次の朝、青年はいつものように店を開けるとまたあの椅子に座り、ぽつんと店番を始めた。  昨日の雨は夜半には止んだが、昼前には相変わらず客など一人も居ない。閑古鳥が鳴く店の中にはやはり本の山と青年がひとりだ。  しかしこの日は、昼を過ぎた頃に珍しく入り口のベルが鳴った。来客があったのだ。  青年は音を聞くと、授業中に居眠りをしていて先生に叩き起こされた時ように背筋をピンと伸ばした。  いらっしゃいませ、と不慣れな単語を発してみる。青年の座る机からは本が邪魔で見えなかったので、少し横にずれてどんな客が来たのか確かめてみた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加