雨の中

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 昨日の女であった。  青年は声をかけるべきか、また迷ったが、今度は向こうの方からかけてきた。 「昨日はどうもお邪魔しました」 「いえいえ」 女は「見ても?」と肩までかかった髪を揺らし首を傾げて青年に問うた。青年は「どうぞ」と手で店を差し出した。  女は迷う気配もなく歩いていくと、昨日女が居た場所と同じ所で立ち止まり、迷わず一冊の本を手に取った。あの本である。  青年は殊更の気になった。昨日もわざわざ店の奥に来てあの本を手に取って読んでいた。それほどまでに執心するのならば買ってくれれば良いのに、と愚痴のひとつでも溢したくなったが、客に対しては失礼であるので、やめておいた。 「この本はどこから来たと思います?」 唐突に女がそう発した。青年はぼうっとしていたのを無理矢理起こして「さて、僕にも判りかねます」と有り体に返した。女は本を閉じると、そっと目の前にある本の山の上にその本を置き、青年の方に向いた。 「私、思うんです。今ここにある本たちは、違う時間、違う場所で創られた物たちだけれど、こうして一堂に会している。この本だって私の曾祖母の代から流れてきて、今私の手の届く距離にある。これってとても素晴らしい事だとは思いませんか?」 女は青年に、自らの溢れる想いを少しでも伝えたかった。曾祖母の代に失くなった本が、偶々雨宿りした古本屋で埃を被っていて、それを自分が見つけられた事に、どれ程運命じみたものを感じた事か。青年には到底解るはずもない。
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