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女は、続ける。
「今ここにある本すべてが、それぞれの物語を持っている。ひとつひとつが自分だけの時間を持って、こうしてこの場に落ち着いています。ここは、そういう場所なんですね」
「はあ」
「あなたもきっと、この物語の寄る辺を守っていくのでしょう」
青年には一瞬、女が何を言っているのか解らなかった。唐突に哲学じみた言葉を並べられて、頭の回転が追い付かない。
だが、女が最後に発した一言に、青年はどこか懐かしい感覚を感じた。
──物語の寄る辺。
とてつもなく壮大な話だ。青年には自分がそれの守り人のように言われているようで、少しこそばゆかった。だが──。
ただ、カッコいい。そう思えた。叔父の遺したこの古書店を、集まってきた数々の物語たちを、今まで自分が守っていた事実が嬉しかった。
案外、守り人という響きも嫌いではない。
青年はその時、ある結論に達した。あやふやではあったが、ひとつの決断をした。
「ありがとうございます」
そう発した青年に女は怪訝な顔をした。
「そうだ。その本、良かったら差し上げますよ」
「よろしいのですか?」
「ええ、またここで巡り会えるかもしれませんし、それが楽しみです」
女は、微笑んだ。
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