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だが、和服の男、擦れ違い様にそれに気付いて、男をぎろりと睨み付けた。不動明王のようなその形相は、男の心臓を一瞬凍てつかせて止めてしまうほど恐ろしいものだった。
しかし、和服の男は擦れ違ってしまうと、すっかり向き直り、悠々と男の後ろへ抜けていった。
男は和服の男が通り過ぎていったのを見ると、ほっと胸を撫で下ろしたが、どうにもその恐ろしい顔が頭から離れなかった。
だが、段々と男の心には、ある感情が湧いてきてそれを忘れさせた。それは、和服の男に感じた恐怖ではなく、むしろ一種の逆恨みのような感情だった。
自分はただ眺めていただけなのに、何故あんなに睨まれねばならなかったのだ。そもそも、こんな御時世に和服を着ていれば、周りから好奇の目で見られる事くらい解っているだろう。
男はしばらくそんなやさぐれた気持ちでいたが、朝の混乱に巻き込まれたくなかったので、思い直して駅へ急いだ。
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