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男はしばらく歩くと、さすがに疲れたようで、息を切らしながら速度を遅めたが、ふとこのご時世には物珍しい、和服にパナマ帽、杖を突いた初老の男を見かけた。
その珍しさから、男は和服の男を横目でじろじろと歩きながらしばらく眺めていたが、この和服の男、すれ違い様にそれに気付いて、ぎろりと男を睨み付けた。
男は辛うじて意識を保ったが、その顔の剣幕は凄まじいものがあり、心臓に発作を起こしそうになるくらい恐ろしいものであった。
しかし、和服の男はすれ違ってしまうと、すっかり向き直り、悠々と男の後方へ抜けて行った。
男はそれを見てほっとしたが、まもなく、ある感情が湧いてきた。それは和服の男に感じた恐怖ではなく、むしろ一種の逆恨みのような感情である。
自分はただ見ていただけなのに、なぜあのように睨まれなければならなかったのか、と。それは、二日酔いや寝不足も重なって思考力の低下していた男の心を、みるみるうちに毒していった。
しばらく男はそんなやさぐれた気持ちでいたが、そのうち、そんなことを考えるのは野暮だと思い始めた。なので男は自分で念をおし、また駅へと急いだ。
しかし、男は駅まであとわずかのところで、駅前がやたらと騒がしい事に気づく。何かあるのだろうかと疑問に思っていると、男はふと壁に貼ってあるポスターに気付き、目をやった。その日はどうやらイベントか何かがあるらしく、駅前はいつもより人で賑わっていたのだ。
男が駅につく頃には、日は既に高くなっていたので、彼はその喧騒に極力巻き込まれないように、いつもは通らない大通りに進路を変更した。といっても、駅前に変わりはないので、人がいない事は無いのだが、先ほどの道よりは人通りが少ないのであった。
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