ひとごと2

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 が、途中さすがに疲れた男は、歩く速さを少し遅めた。  今朝の目覚めの悪さと言い、一昨日妻が出ていった事と言い。男の心持ちは、もちろん良いものではない。自棄になって速足で歩いてみたものの、結局何の気晴らしにもならなかったし、昨晩は飲みに飲んで眠ったものだから、今朝は二日酔いで、速足で歩くのは余計に疲れるものであった。なので、かえってそれは男を苛立たせた。  四十も半ばのこの男、ろくに運動もしないで朝から夜中までパソコンと睨み合っていれば、すぐに疲れる事くらい分かっていたはすだが、晴れない気を晴らす良い方法が浮かばず、ただ歩き続けていた。  そんな時である。男は珍しいものを目にした。  着物の上からぼんぼんのついた羽織を着て、折り目の揃った袴を履き、白のパナマ帽を被った初老の男が、前から杖を突いて歩いてきたのである。  洋装全盛のこの御時世に、和装という珍しい格好の男が前に居るのだ。男はしばらくぼうっとその男を眺めながら、歩いた。
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