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「ま、そういうことなら俺はさっさと帰るわ。そんじゃ切るぞ」
『ええ。ご苦労様』
そんなやり取りを最後に、通信が切れた。
俺は椅子代わりの盗賊団のボスから尻を離し、立ち上がる。そして周囲を見回した。
洞窟の中とは思えないような広間には、無力化済みの盗賊以外にも人影がある。
人身売買の被害者たちだ。おそらく多くは誘拐されてきた哀れな一般市民だろうが、粗末な服を着せられた彼らはいきなりやってきて盗賊たちを蹴散らした俺のことをじっと見ている。
その視線がまるで火竜でも見るように怯えまくっていたのは……まあ仕方ないけど、何となくへこむ。一応俺、あんたらを助けたんだけど……
まあいい。正義の味方は見返りを求めないものだ。俺の場合は短期バイトだけどな。
「んじゃ、贅沢に転移魔法陣でも使って帰ーー」
「あのっ!」
「ーーん?」
帰ろうとした俺の背中に、慌てたような声がかけられた。
何かと思って振り返れば、それは人身売買の被害者の一人だ。
ひどく目立つ容貌のやつだった。少女だ。年は十一か十二か、それくらい。滅多に見ないような銀髪が洞窟内のわずかな明かりを反射して光って見えた。
何か用かと俺は無言で少女に視線で続きを促す。
すると少女は、言葉を探すように喉元をおさえ、それから特徴的な青い瞳をうるませて俺を見た。そして、必死な形相でーー
「お願いします、命の恩人さま! 何でもします、だから私をあなたのーーにしてください!」
――これが、始まり。
三年前の『とある事件』が幕を閉じ、平和を謳歌していた俺に投じられたひとつの変化。
思い出すだに忌まわしい騒動が新たに幕を開ける、三か月前の出来事だった。
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