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「行って来ます」
「行ってらっしゃい」
「ただいま」
「おかえりなさい」
何気ない平凡な会話。
こんなありふれた挨拶など、当然の様にできるものだと思っていた。
それなのに……。
それなのに……。
なんてこった。
時は1939年――。
第二次世界大戦勃発。
田舎で農家を営んでいる俺に、詳しい事は分からねぇが。
どうも国のお偉方が、アメリカ様に喧嘩を売っちまったらしい。
それから、直ぐの事だった。
召集令状――所謂赤紙が俺宛てに届いた。
国の為に、命を捧げろだと?
はぁ……。
光栄だね。
土を耕す事しか能の無い俺に、人を殺せと?
お偉方も無茶を言ってくれる。
だがまぁ、それほど我が国が切迫している状況だって事だろう。
それでも、かみさんは俺に醤油の一気飲みを強要したりした。
俺を出兵させたくなかったらしい。
そりゃそうだ。
俺にもしものことがあったら、誰が子ども達を食わしてやれる?
だが、無情かな。
俺の徴兵は確定した。
出兵当日。
俺の恰好は一変した。
鍬が三八式歩兵銃に……。
麦藁帽子が防護帽に……。
背嚢を背負い、恤兵真綿に身を包む。
「あなた……」
玄関で、かみさんは涙ぐみながら、俺を見送る。
「心配するな
俺は死なねぇよ」
「でも……
でも……」
…………。
「大丈夫だ
俺を信じろ」
「うっ……」
「じゃあな
行って来ます」
俺はかみさんの頭をポンと撫でた。
そして、やった事もない敬礼をした。
そんな敬礼がおかしかったのか、かみさんはクスッと笑う。
「気を付けてね
あなた
行ってらっしゃい」
そう言った時の笑顔は、いつも通りの顔だった。
俺を心配してくれる優しい顔だ。
「あぁ
直ぐ戻る
少し遅くなるかも知れないから、晩飯は先に食っていてくれ」
俺も普段通りに返して、そのまま戦地に赴いた。
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