ただいまを言いたくて

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「ただいま。」 その言葉を発することは数年無かった。  俺の両親は10年前に交通事故で亡くなった。 自営で内装業をしていた両親が現場に向かう途中、センターラインを大きくはみ出してきたトラックと正面衝突、即死だった。俺は、学校でその知らせを受け、変わり果てた両親と対面したのだ。 兄弟もおらず、一人になった俺は、父方の祖父母がまだ健在だったので引き取られたのだ。  その祖父母も、俺が高校を卒業すると共に、役目を終えたかのように、先に祖父が他界、1年後に後を追うように祖母が他界した。母方の祖父母はとうに他界していたので、俺は本当の天涯孤独になった。今は、一人で小さなワンルームのアパートで一人暮らしをしている。  今日も仕事を終え、真っ暗な部屋に一人、壁際の玄関スイッチをまさぐり、無言でコンビニの袋をテーブルの上に置く。電子レンジにお弁当を放り込み、タイマーをセットして、テレビのリモコンでスイッチを入れる。これがいつもの俺の日課だ。テレビから誰ともわからない人間達の声が会話する。画面を見るというよりは、声を流しておきたかった。何かのバラエティーだろうか。どっと笑い声が聞こえてきて、それと共にレンジの「チン」という音が空しく響く。温まった弁当をテーブルに置き、俺は溜息をついた。  一人には慣れた。とは言え、やはり一人は寂しい。俺には彼女はいない。元々、シャイな性質なので自分から女の子に声をかける、などということは到底できないのだ。あちらから声をかけられたにせよ、緊張して話すことなど到底できない。面白くない人。たいていの女の子の感想はそういうところだろう。
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