奇跡の時間

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「……やっぱり、何も起こらないか……えっ!?」  父の体が少しずつ精気を帯びて行く。そして気づけば、30代の最も記憶に残る父の姿が目の前にあった。  父は体を起こし、周囲を不思議そうに見回す。 「ん……何だ? ……あれっ、真司? 何で泣いてるんだ?」 「父さん!!!」  もう一度聞きたかった声が耳に届き、私は勢いよく父に抱き着いた。 「どうしたんだ? それに俺の体……若返っているのか?」 「父さん……父さん! もう一度……話がしたかったんだ……」 「真司、泣いてちゃ分からんだろ? どういう状況か説明してくれないか?」  私は泣きながら簡潔に現状を伝えた。 「そんな事がありえるのか……しかし、確かに肉体が若返っている」 「すぐに母さん達を呼んで来るね。そろそろコンビニから帰って来るはず……」 「待て、たった10分なんだろ? それから話をしたかったと言ったな? 母さん達は俺が意識を失う前に話が出来た。でもお前だけは話が出来ていない……この時間は真司の為に使おう」 「父さん……」  言葉が溢れた。  父は死なないと思っていた事や、もう二度と声が聞けない事に感じた恐怖。親がいなくなる不安などが止め処無く口から流れて出て行く。  父はそんな私の話を黙って聞き、言葉が切れるとこう言った。 「お前は相変わらず泣き虫だな。昔からそうだった。口が達者で、兄弟の中で一番笑い、一番泣いていた……本当に面白い子供だ」 「俺は……馬鹿ばっかりやって……迷惑ばかり掛けて……父さんが辛かった事なんて何一つ分かって無かった……でも父さんは……いつも俺達の為に動いてくれたよね。……自分が父親になって……やっとそれが分かったよ……。本当にゴメン……俺……父さんに何も親孝行をしてない……」 「何を生意気な事を言ってるんだ。子供達の恩返しなんて期待してないさ。それに……無事に産まれて、成長してくれた事が最高の親孝行だ。だから真司も、真理子ちゃんと美優に愛情を一杯注いでやれ」 「うっ……うっ……」  私はそれ以上声にならず、父の胸でひたすら泣き続けた。
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