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「お帰り、真司君」
「美優が眠そうなんだ。真理子も一緒に隣の部屋で休めよ……あれっ、母さんと姉ちゃんは?」
いつの間にか父の横には真理子しかいない。
「真司君が何も食べていないって伝えたら、二人でコンビニへ行ったよ」
「俺の事なんて気にしなくていいのに……まあいいや。父さんは俺が見てるから、真理子は美優を寝かしつけてくれ」
真理子は頷いて美優を抱きかかえ、隣の客室へと移動した。
そして私は父の手を握る。
「俺の記憶では凄く大きな手だったはずなのに……体も小さくなって……。ねえ、父さん……もう一度だけ……声を聞かせてよ……このまま二度と声が聞けないなんて……俺……」
怖かった。
何より父の優しくて力強く、包み込んでくれるような声を聞けない事が怖かった。
「もう一度だけでも、声が聞けたら……」
その時、先ほど出会った老婆を思い出す。
私はポケットに手を入れ、緑色の小瓶を取り出した。
「馬鹿馬鹿しい……こんな怪しい物を父さんに飲ましたら、皆に何を言われるか……」
そう言いながらも、部屋を出て周囲を確認する。
客室では真理子と美優が寝息を立て、別の部屋では兄が眠っていた。
母と姉がコンビニから帰って来る気配も無い。
「もしかして……いや、でも……」
目の前で苦しむ父を見ると冷静な判断が出来なくなる。
私は小瓶の蓋を開け、中に入っていた液体を父の口に流し込んだ。
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