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たっくんが通用口から出てきたそのすぐ後に、女性が出てきた。年はだいぶ若い感じで学生さんみたい。するとその女はたっくんの腕に絡みついた。あたしは信じられなかった。その女はたっくんの腕を引き寄せると、背伸びをして、たっくんにキスをしたのだ。
「バカ、やめろよ、こんなところで。」
「えー、いいじゃーん。じゃあどこでならいいのぉ?」
女は上目遣いにたっくんを見る。目の周りが真っ黒で、悪魔みたいなメイクをして、唇は油でもすすったのか、というくらいにテラテラといやらしく光っていた。
やめろ。くっつくな。あたしのたっくんを誘惑して。許さない。たっくん、迷惑よね?そんな女。ほら、腕を振りほどきなさいよ。そんな知性のかけらもないような女、嫌いでしょ?
「バカ!」
そう言いながら、たっくんは女のおでこをぺチンと叩いた。
何よ、それ。まるで恋人同士みたいじゃない。
「ねえ、あたしのこと、好き?」
女が、たっくんに甘えるようにしがみつく。
好きなわけないだろう、バカ女。
「好きだよ。」
たっくんはそう言いながら女にキスした。
「さっき、自分ではこんなところでやめろって言ったくせに。」
女はたっくんを茶化した。
二人は腕を組んで、ホテル街のほうに歩いて行った。
あたしは、頭の中がガンガンした。嘘よ、全部嘘。たっくん、一時の気の迷いよね?たっくんが、そんな頭が軽い女、好きなはずないもの。
「好きだよ。」
たっくんの言葉を思い浮かべた。
あたし、たっくんに一度も言われたことない。
でも、たっくんは、あたしの部屋に入り浸りだった。
毎日いっしょにご飯を食べて、夜だって。
あれ?たっくんって、あたしにキスしたことあったっけ?
いつもあたしから、キスしてた。
あの女には、自分から好きだよと言い、キスをした。
でも、違うよね?あれは、女を騙すための手なんでしょう?
本当に好きな女には、軽々しく好きとは言えないものでしょう?
たっくんは、照れ屋さんだからね。あたし、知ってる。
あたしには、好きとか自分からキスとか、本当に好きだからできないんでしょう?
きっとそう。
あたしは、部屋に帰ると、いつものように料理を作り始めた。テーブルいっぱいのご馳走を並べた。
いつたっくんが帰ってきてもいいように。一度の浮気くらい、許してあげる。たっくんだって、男の子だものね。
待ってるよ。ずっと、待ってる。
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