第1章

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「よし、もう戻ってくるなよ。」 「はい、お世話になりました。」 そう言って俺は、見上げるほどに高い塀の建物を後にした。 罪状としては窃盗。立ち行かなくなった現状にイライラしてやってしまった犯罪。我ながら下らない事をしたと思うが、当時の状況を鑑みれば……いや、犯罪は何処まで行っても犯罪だ。弁明する気はない。 特にもう家族も親類もいない俺は留置所で模範的に過ごし、誰の迎えも受ける事もなく今日のこの日を迎えた。たかが一つのバッグを引っ手繰ろうとした代償が数年の拘束生活とは全く割に合わない。二度と犯罪なんてするものか。 久方ぶりの家に帰るために電車に乗り込む。賑わっている界隈に住んでる所為かもしれないし今の時間帯の所為かもしれないが結構な込み様だ。人波に揉まれるをはこのような状況の事を言うのだろう。 しかし此処まで電車の乗り継ぎの連続で疲れた。数年の拘留生活は俺の体力を低下させていたらしいな。おっと少し立ち眩みが…… いきなりの事で少しだけ反応が遅れた。俺の体は重力に従って前方に倒れ込むが倒れる事はなかった。当然だ。この満員電車の中“倒れる”という行為自体が至難の業だ。しかし“何かに倒れ込む”という行為は容易く可能なのだ。 しかし、 だがしかし、 嗚呼しかし、 特に周りに気を配らず、不用意にふら付いた自分をこれほど呪った事はない。 倒れ込んだ先にいたのはうら若き女子。恰好からしてこの近くにあったであろう高校の人間だろう。生真面目そうな顔立ちで掛ける眼鏡からは知性が光る。 彼女はわなわなと体を震わせてすぐに我に返ったかのようにハッとし、遠のこうとする俺の手を掴んで叫んだ。 「この人痴漢です!!」 ……………… ………… ……… …… … ~数日後~ 「おかえり」 「またお世話になります。」 俺はまたこの高い塀の建物に帰ってきていた… 余談だが、数日後冷静になった彼女と話して誤解を解き、俺は晴れて再び外に出る事になる。
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