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誘われたからだと自分に言い訳して、瑞樹の腕の中で眠った。乾いた土地が水を吸い込むように瑞樹から与えれる快楽に溺れた。
久しぶりに夢も見ないで眠った。
「おはよう、そろそろ起きて。電車に乗り遅れる」
体を揺すられ、目を開けると瑞樹がいる。不思議な光景だった。不思議な穏やかさがそこにあった。
「そろそろ、行くか」
声をかけられ、立ち上がる。瑞樹は俺が動くたびに目で追ってくる。
「何?」
「いや、逃げるつもりないのかなって。」
「今日行って来て、これからどうするのか決めるんだろ。だったら今なぜ逃げる必要があるの」
「ごめん、奏太。少し不安になっただけだから、行こうか」
それから移動の間、ほとんど何も話をしなかった。車窓から見える景色がだんだんと懐かしい風景に変わって来たとき、気持ちが悪くなり落ち着かなくなってきた。
「どうした?気持ち悪い?」
「いや、高校の時に家を出て以来初めて...…緊張してきた」
「大丈夫、俺がいるから。具合悪いなら一度降りよう、次の電車まで少し休めばいい」
「今降りたら、逆方向の電車に飛び乗りそうだから。悪い、ちょっと手を握ってて」
そういうと、瑞樹は手を握る代わりに腕を肩から回して抱きしめてきた。
「え……」
「大丈夫」
身体を瑞樹に任せて小さくなる、不安が少しずつ溶けて流れていくようんな錯覚に陥った。駅の改札を出ると瑞樹が俺の手をすっと、とった。
「このまま手をつないで行こう」
「駄目だ、 離して。ここは…...お前の家の近くだろ」
「何で?やっぱ自慢したいじゃない?」
何を言い出すのやらと、相変わらずのその言動に頭が痛くなる。そういえば昔からこいつは、頭は良いくせに馬鹿なのかと思わせる言動が多かったなと、ふと懐かしくなった。
「で、どこに行くの?」
「お前の親父さんのところ」
足がぴたりと止まった。無理だ、世界中で最後の一人になっても会いたくない人に会えというのか。
「どういう…つもり……」
「とりあえず、来てみれば分かるから」
半分引きずられるように連れて行かれたのは、住んでいたアパートではなく小さい一軒家。
どこの街にでもあるような建売住宅の前だった。
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