最終章

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最終章

 「奏太を傷つけるつもりじゃなかったんだ」  瑞樹の言いたいことは良くわかる、過去に囚われずに前に進めという事だろう。  「上がって……」  タクシーで五分、瑞樹の実家へ連れていかれた。  「こんにちは、いらっしゃい。あら?.......もしかして…尾上君ね?」  懐かしそうに瑞樹と同じ笑顔で笑いかけられ、手を取られた。瑞樹の育った家庭は俺のそれとはまったく違う。  「ご無沙汰してます」  丁寧に頭を下げた。  「母さん、奏太ちょっと具合悪いから、その位にしといて。俺の部屋にあげるから」  二階の部屋に連れていかれ、一瞬体が強張った。そうだ、この前来た時は…...。  「変わってないんだ、この部屋……」  残っているのは苦しいような、甘いような思い出。 「おう、家具の配置もあの当時のまま。っても、滅多に帰らないから変えてないだけなんだけど。待ってて、何か飲むもの持ってくるから」  瑞樹が部屋から出ていく、まるで高校の時に時が逆戻りしたような気分になる。ここは懐かしい空気が漂っていて、自分がすっかり似つかわしくない人間になったなと思う。  瑞樹と約束した、ここで縁を切るというのなら二度と会わないと。思いっきり息を吸い込む、そしてゆっくりと吐き出した。    「奏太、お袋が飯食ってけって」  「いや、悪いけど帰るよ。その前に……話しをしなきゃだよね」  そう、約束した。この先の事を決めると、でも正直な話今は混乱している。  「あのさ……」  「奏太、ちょっと待って!時間、時間を頂戴。お前のその表情、断るつもりだろう。ちゃんと考えてからにしてくれないか」  瑞樹にそう言われて何故かほっとした。今はとりあえず、この街から離れたいという思いだけが大きくて自分の考えがまとまらない。  「ちょい、待ってて。お袋に話してくる一緒に帰ろう、な?」  バタバタと瑞樹が降りていった。もう一度、部屋をゆっくりと見渡す。この前、この部屋を去る時に全て精算したはずだった。なんとなく覚悟は出来ていたはずなのに、何を悩んでいるんだ俺。  俺には守るべきものも、抗うべきものも無くなってしまった。俺は今まで何のために生きてきたんだろう。  誰かを守るために、誰かから逃げるために自分の存在意義があった。けれど、本当にそうだったのか?
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