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「あの女、さっきから一人で、何をやっていると思う?」
「さあ……、王家主催の篤志芸術展だから、絵に興味が無い変な人間は入り込まないと思っていたが、少々頭がおかしい人間はいるのかもな」
「…………」
王宮から派遣されている芸術展の専従官僚達は、入札受付の事務処理をしながらこそこそと囁きあっていたが、その背後に立っていた人物も彼女の様子を観察していた事には気が付かなかった。
(よし! 決めた! ここは作者に敬意を表して、狼の巣穴に素手で飛び込む気持ちで入札する!)
心の中でかなり支離滅裂な宣言をしたリディアは、強張った表情で勢い良く振り返り、中央部に展示されている彫刻や彫金の類の作品を避けながら、入札受付の机へと向かった。
(母さんに手紙で事情を説明して、暫くは仕送り額を減らす事にして、なけなしの貯めていたお金を出して、借金もしないと無理だけど……)
リディアはそんな事を考えながら受付まで出向き、担当者に鬼気迫る勢いで申し出た。
「すみません! 入札したいんですけど!」
「はっ、はいっ! それではこちらの用紙に、入札番号と入札額と、お名前、連絡先をお願いします! そちらの机にペンとインクは準備してありますので、お使い下さい!」
「分かりました!」
彼女の剣幕に少々引き気味になりながら、担当者は申請用紙を手渡し、隣に設置してある机を指し示した。それに小さく頷いてから移動したリディアは、いざ入札額を書き込む段階になって、幾らか頭が冷える。
(やっぱりこの金額じゃ、さすがに落札は無理よね……。でも、このまま入札しなかったら「やっぱりあの時、入札すれば良かった」と後悔するに決まっているもの。入札して、より高額な値段をつけた人に負けたら、きちんと諦めもつくわ)
書き込んだ最低入札額ギリギリの金額を改めて見て、リディアはがっくりと項垂れたが、すぐに自分自身に言い聞かせて元通りペンを置いた。
「よし! この金額だと作者に怒られたり、担当者には笑われるかもしれないけど、私が直接顔を合わせるわけじゃないし、別に構わないわよ」
そして再び受付に歩み寄り、先程の勢いのまま、申請用紙を担当者に向かって差し出す。
「宜しくお願いします!」
「……はあ。お預かりします」
微妙な表情の担当者にそれを提出したリディアは、機嫌良く踵を返して歩き出した。
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