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電話の向こう側で尚も笑っている声がする。
他に誰か居るのか?
まさか、猫田さんが……?
そう思った時だった。
「若人さん!」
ガタガタと至るところの机にぶつかりながら、魔窟が此方に駆け寄ってくるのが見えた。
全てがコマ送りのように見える。
そして、次の瞬間、奴は俺の手から携帯を奪い、それを俺の目の前で真っ二つにした。
「若人さん……!」
魔窟までもが床に膝をつき、真っ二つになった携帯を持ったまま、俺を勢い良く抱き寄せた。
暗くて良く見えなかったが、俺を抱き締める前の魔窟の顔は、とても怒っていたように見えた。
魔窟にしては珍しい、怒りの表情。
「……誰が、こんなことを」
まるで俺が物理的な攻撃を受けたかのような言い方をする。
傷など、血など、目には見えていないというのに。
どうして、身体の震えは止まらないのか。
「……若人さん、聞いてください。本当は、こんなこと軽々しく口にしちゃいけないのかもしれない。でも、言わせてください」
俺の声を聞いて、と魔窟が俺の耳元でそっと囁く。
「大丈夫、もう大丈夫です。もう忘れて良いんですよ?携帯は壊れました。あなたを繋ぎ止めるものは何もない。オフィスという空間はあなたを傷付ける場所じゃない。ここは俺とあなたが出会うために必要不可欠な場所だっただけ。俺はあなたのそばに居ます。ここに居ます」
目を閉じれば嫌な映像や文字が目の前に現れる。
それでも、俺は目を閉じた。
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