第1章

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村長はそう言うと、重い腰を上げた。 「ではまた後ほど」 そうして彼は老体を引きずるように部屋を出て行った。 「なんだか大変そうねぇおじいさん。あの綺麗なお孫さん、そんなに悪いのかしら」 成実が箸を置いて言った言葉を聞いて、使用人が答えた。 「私もお昼の間だけしかお手伝いに来てませんけど、お嬢さんはほとんど部屋から出てこられませんよ。今日出ていらっしゃったのは本当に珍しい。よっぽどお祭りが楽しみだったんでしょうけれどねぇ…」 若いのに可哀想に、と使用人がしみじみ呟いたのを聞いて、瑞樹は孫娘の姿を思い返した。血の気がなく青白い、美しいその顔を。 * 何艘かの船が海に浮かんでいる。 船に吊り下げられた提灯と、海に浮かべられた灯篭の灯り、そして海辺ではお焚き上げの赤い炎が闇夜を照らしていて、独特の雰囲気が生まれている。 祭りが始まったのだ。 「うわぁ…なんかすご…」 人波に揉まれながら、若干引き気味に呟いた成実の声を聞いて、無理もないと瑞樹は目の前に広がる光景を見て思った。 食事を済ませてしばらくして、日が暮れた頃に一行に声がかかった。 村の人達に連れられて外に出れば、村の様相は来た時とはガラリと変わっていた。 お焚き上げの火の粉が空に舞い上がる中、人々が炎を囲んで神楽を舞う。 大麻(おおぬさ)の白い紙が風に揺れて、笛の音色、太鼓の音が聴く者の心を囃し立てるように、広い海の方へ響いては消えていく。 島全体が、異様とも言える熱気に包まれていた。 その光景を、三人は黙して見守った。 怒涛のように始まった演目がひと段落ついて、村長が海辺に設置された舞台の上に上がった。すると、場が一気に静まり返る。荘厳な声が、粛々と響いた。 「今宵は豊年祭。一夜限りのこの祭事を、今年も無事開くことができた。そのことに感謝する。今日は島の外からの客人も参加されている」 村長の言葉に少しざわめきが起こった。 村長は舞台近くにいた鬼塚の方を手で指し示す。
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