第1章

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「鬼塚家の末裔、鬼塚宗一郎殿である。かの有名な退魔師であられるお方である。彼もまた今宵の祭りを見届けてくださる」 皆の視線が一斉に鬼塚に向かい、それに対して鬼塚はどーもどーもと手をあげて応えた。 「この特別な日に、我々の守り神を崇め、奉り、感謝を捧げよ!」 感謝を捧げよ! 村人達の声が一丸となって海辺に木霊する。それは狂信的な響きを内包し、瑞樹の鼓膜を揺らした。 ヨナイタマ ヨナイタマ 今宵は月の満ちる夜 汝の夢はあわの如く 海へと永遠に帰りにけり ヨナイタマ ヨナイタマ 歌がまるで呪文のように反響し、頭の中をぐるぐると駆け巡る。ヨナイタマ、ヨナイタマ。 そして人々は村の社へと山を登っていく。瑞樹らもその後を追った。燻んだ赤の鳥居が、視界の奥に見えていた。 山道を松明の明かりで照らしながら進む。その間も歌は止まることなく辺りに響いた。村長にあらかじめ山の社に向かうとは聞いていたが、周りの一心不乱な様子に瑞樹は僅かに不安を覚え始めた。 程なくして社に辿り着いた。鳥居をくぐれば、そこには神輿が用意されていた。それを囲むように人々が一斉に立ち止まる。 歌が止んで、辺りは水を打ったように静まり返った。 「あれが巫女かしら」 白い巫女装束に炎の明かりが赤くちらついている。社から出てきた娘は、化粧の施された済ました能面のような顔で、一点を見つめていた。 「段取りでは、巫女に祈りを捧げて神輿に乗せて、祠のある場所まで連れて行くんだったわね」 小声で成美が呟く。巫女は粛々と歩みを進め、神輿へと乗り込む。その様に人々は手を合わせて目を瞑り祈り始めた。巫女を乗せた神輿を男達が担ぎ上げ、のそりのそりと歩み出す。
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