第1章

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夜。 鬼塚はふと目を覚ました。 祭りの後何かとまだ忙しそうな村長に断り、一行は先に屋敷に戻ってきた。使用人に案内されるままに風呂の湯を貰い、寝床に入った。 一人に一つ与えられた部屋は、寝るだけにしては十分な広さのある、畳の匂いのする部屋だった。 障子から青白い月明かりが降り注ぐ。その眩しさを瞼の裏で感じ、鬼塚は寝返りを打った。 ギシリ… 真夜中の、時計の音も何もないそんな静寂の中に、外の廊下が軋む音が響いた。 きしり、きしり、と、軽快とも取れる足音が背中で聞こえる。 障子の戸が少し開いた。さらにハッキリとした月明かりが一筋、鬼塚の身体を射す。人影が布団に大きく映り込んだ。 その影は揺れるように鬼塚に近づく。布団の傍までやってきて、そこで跪いた。白い手が鬼塚の顔へと伸びる。長い髪が簾のように床に垂れた。 「鬼塚さま」 鈴を転がしたような澄んだ声が耳元で聞こえ、鬼塚は潔く目を開けた。 「わたしです。十和子です」 そこにいたのは確かに村長の孫娘、八魚籠十和子であった。彼女はそろりと身を起こし、色の無い顔をさらに月明かりに青白くしていた。鬼塚も緩慢な動きながら身を起こして、濁った瞳で彼女を見返した。 「突然のご無礼をお許しください。わたくし、鬼塚さまとどうしてもお話がしたくって」 お相手してくださる? そう言ってうっすらと微笑んだ十和子が、鬼塚の虚ろな瞳に映り込む。その清楚で妖艶な笑みに取り憑かれたように、細く冷たい手に引かれるまま鬼塚は彼女についていった。
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