第1章

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「美しかった生き物は、おぞましい化け物のような見てくれへと変貌した。干からびて、それでいて血は一滴も溢れない。…人魚に心があるか否かと問われれば、私は後者だと答えるけれど、でももし前者だとしたら…少し想像しただけでもゾッとする…っ」 言いながら、十和子は大きく咳き込んだ。そして咳を止めようと、自らの身体を必死で腕にかき抱いた。 「いくら、…いくら恨んでも足らないでしょう…不思議と、今ならその痛みがわかる気がするの…どれだけ、痛かったか、苦しかったか…っ」 彼女は本当にその痛みを感じているかのように、岩場に寄り添って苦痛から逃れようと身を捩った。息を乱して、胸の合わせをギュッと掴む。その様子はまるで発作でも起こしているかのようだった。 それでもなお鬼塚は、十和子が悶え苦しむ様子を覇気の無い眼で淡々と見下ろした。 「苦しいのか」 持病の喘息が発症したのか、呼吸が乱れ脂汗をかいている十和子に、鬼塚が形ばかりに尋ねた。 「…見ての通り、です。身体が、疼いて疼いて…もう、保たないの。けど、それからももう少しで、解放されるから…」 彼女の言葉の半分は鬼塚の理解を超えていて、ただその異様さに僅かに眉を顰めるばかりだ。 にじり寄るように十和子は奥へと奥へと進んでいく。その足取りはどんどん重たくなっていた。鬼塚はその歩調に合わせて後に続く。 程なくして、少し開けた空間に出た。まるで円形のホールのような空間だ。 そしてそこにはすでに先客がいた。
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