第1章

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巫女だ。 祭りで神輿の上に座っていた、巫女装束を纏った若い娘。 ぐったりと力を失いこうべを垂れているその娘は、両腕を縄で縛られて釣り下げられている。 その足元には、どこから染み出しているのかぴちょぴちょと水音がして、池のように水溜りが出来ていた。 中心には石を積み上げたような祠があり、その周りには蝋燭が並べられていた。 蝋燭の灯が揺らめいて、さらにその奥、再奥の突き当たりをてらてらと鈍く照らし出す。 そこには、無数の白骨が捨てられるように転がっていた。 「んだこれ…」 どう見ても趣味が良いとは思えないその光景に、鬼塚がこぼす。そんな彼の様子を、可笑しそうに十和子は見た。 「まだ、話は終わっては、おりません」 初めより勢いを失い息も絶え絶えといったような口調だったが、それでも十和子は話し続けた。 「その銛で突き刺し殺した人魚を、男はどうしたか。鱗を剥いで、腕をもぎ、骨を断ち…男は人魚を捌きました。そして、その肉を家へ持ち帰ったの」 十和子はゆらりゆらりと歩を進めた。その動きはいつ倒れてもおかしくない程に頼りなかった。 「男の家には妻がいた。不治の病に侵された、余命幾ばくも無い愛する妻が。男の願いはたった一つ。愛する妻の病を治すこと」 彼女はパシャパシャと水を跳ねさせながら、巫女の娘の元へと歩み寄った。 そしてなぜかその側に供えるように置いてあったナイフを、血の気のない細い腕で掴み取った。 「どの医者にかかっても、結果は同じことだった。もう妻を救う方法は無い。ただただその命が尽きていくのを見守る他ない」 十和子はその白い腕を娘の方へと伸ばし、その艶やかな黒髪を撫ぜた。娘は身動き一つしない。気を失っているのか、…それともすでに息絶えているのか。
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