第1章

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「そんな男に突如提示された甘い毒、それが偶然網にかかった未知の生き物、人ならざる化け物の肉片。それを食らった者は、どんな病からも回復し、不老不死の力を得るという…」 娘の髪を撫でながら、十和子が鬼塚を振り返る。 「貴方ならどうしたかしらね」 彼女はそう汗の浮く顔で薄く笑んで、娘に向き直った。そしてナイフを娘の側に突き立てる。腕の縄が切れて解け、娘の身体はぐにゃりと地面に崩れ落ちた。それとともに十和子はナイフを放り落とした。 「男はその肉を妻に食べさせた。何も知らない妻はその一切れを頬張る。蕩けるような肉の味。すっかり食の細っていた妻も、美味しい美味しいとその肉を貪った。…そうして妻はみるみるうちに元気になり病も完治、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」 小気味の良い拍手の音が、洞穴の中に反響する。 「どうです?これがもう一つのお話。なかなかロマンチックで素敵でしょう。鳥肌が立つくらい。けど、事実は小説よりも奇なり。物語はまだ終わらない」 異変が起きたのは数ヶ月経ってからのことだ。 元気になったはずの妻が、また苦痛を訴えだした。 食べ物の一切を口にしなくなった。無理矢理にでも食べさせようとしたら、全て戻してしまうのだった。 再び医者に診せて回ったが、病は完治している、何故また妻が弱りだしたのかその原因はまるでわからない、とのことだった。とはいえ妻の身体はどんどんやつれ、日々衰えていく。 ある日、とうとう立つことすらままならなくなり、男は変えられなかった運命を嘆いた。 「結局、少しの間その命を長らえさせたに過ぎなかったのだと。夫は妻を想って泣きました」
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