第1章

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「ここは、その人魚を祀る祠。そこに倒れている娘、巫女を見たでしょう?あの娘は人魚への捧げ物。巫女なんて名誉でも何でもない、ただの生贄よ。祭りはその事実を覆い隠す為のまやかしに過ぎない」 一歩、一歩、少しずつゆっくりと。 そうして鬼塚の前まで辿り着いた十和子の、その身体がふらりと傾いた。そして意図せず抱きとめる形となった鬼塚の胸へと、そのまま倒れ込む。 「おい…」 「そんな、怖いお顔をなさらないで。私も、怖いのです…こんなおぞましい伝承の残るこの島が。怖くて怖くてたまらない」 縋るように、十和子の細い腕が鬼塚の背中に回る。 「こんなところにいたら、いつか私までおかしくなってしまうわ。今だって、屋敷からちっとも出してくれないの。もう気が狂いそう。きっといつか、私もあんな風に、人魚に捧げられてしまうのだわ」 十和子はその美しい顔を上げ、懇願するように鬼塚を見上げた。 「貴方を島に呼んだのは私なの。祖父を説得して、貴方を呼んだ。お願い、私を助けて…もう誰も信じられないの。貴方しか、貴方しか、もう…」 ーここから、連れ出して。 そうか細く呟いた十和子の頬を、一筋の涙が伝って落ちた。その涙は蝋燭の灯を受けて、真珠のように光った。 濡れた瞳が、鬼塚を真っ直ぐに射抜く。 その黒真珠のような瞳は、怪しく光りながら鬼塚を誘惑した。 そこに映る自らの姿が、不意に揺らいで滲んで、消えた。それに自分自身を見失ったような、そんな感覚に陥る。 ああ、まずいな。 そう思った時には、きっともう遅かった。 十和子のしなやかな身体が、鬼塚に絡みつく。白い腕が鬼塚の首を捕らえ、その頭を引き寄せた。
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