第1章

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* 瑞樹が目を開けると、そこは夜の海岸だった。 辺りを見回してすぐに見つけたのは、網と魚籠を持った若い男だ。彼は軽やかな足取り浜辺を駆けていく。瑞樹はその後を追った。 やがて辿り着いたのは、小屋のような質素な家。男はその立て付けの悪い戸を開けて、そそくさと草履を脱いだ。 「ただいま!…ん?」 朗らかに帰ったことを伝えたかと思えば、すぐにその表情は怪訝なものに変わる。 「おーい、みんなもうけぇっちまったのか?」 言いながら、男は居間へと向かった。瑞樹もその背についていったが、男が急にその入り口で立ち止まり、危うくぶつかりそうになった。 男の手から魚籠が落ちて、どさりと音を立てた。魚が中から溢れて、床に散らばる。 そんな男の様子を不審に思い、瑞樹は男の背から居間を覗き込んだ。 すると。 「!」 居間に転がる大量の死体、人間の死体。 どれも血まみれで、床は一面赤く濡れていた。 瑞樹は思わず口に手を当てて、込み上げてくる嘔気をなんとかやり過ごした。 男がよろよろとその血だまりの中に足を踏み入れる。 その中にはぽつんと一人、若い女が座り込んでいた。 その手も口も、赤く血で汚して。 必死でその肉を貪っていた。 女は男の顔を見て、正気に返ったかのように、その手に持っていた人間の腕をボトリと落とした。 「十和子……」 男が女の名前を呼んだ。 女はそれに狼狽えて、言葉にならない声を漏らした。
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