第1章

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「あ…ちが、違うの…國久さん、これは…っ」 言いながら、言葉の途中で女はえずきだした。そして腹の中のものを少し吐き出した。 「っ…あ…ああ…」 次いで、女は血に染まった自らの手を見て、ブルブルとその身を震わせた。 ちがう、ちがうの、と何度も言い募り、涙を流す女に男は歩み寄る。 そして、震える女の身体をその腕の中に抱き締めた。 「…大丈夫、大丈夫だ」 そう言う男の声もまた震えていた。 瑞樹が居間に入ろうとすると、カランカランッと何か金属のようなものが落ちる音がして、瑞樹は後ろを振り返った。 すると周りの景色が変わっていて、そこには男が大きく肩で息をして立っていた。その足元には血に濡れた銛が落ちていて、そしてその前には…。 「…こうするしか、ねぇんだ、こうするしか…」 十和子を助けるには、こうするしか。 男は膝から崩れ落ち、泣きながらしきりとそう繰り返した。すまない許してくれと、目の前に転がる新鮮な死体に懇願しながら。 男は食料調達という名の殺人を何度も繰り返したようだった。 「そこで何してやがる!!」 そしてとうとうある日、その行いが村の人間に見つかった。 当然男には裁きが下ることとなった。 男はそれを黙して受け入れた。どんな罰でも、死でさえも甘んじて受けようと、男は地下牢で決意していた。 しかし、裁きの下る日。 男を迎えに来たのは、断罪人ではなく、 「十和子…」 彼の愛する妻であった。 女は男を牢から解放し、その身体を抱き締めた。 またその身体が血で汚れているのを見て、男を何とも言えない感情が襲ったが、そんなことはもうどうでもよかった。
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