第1章

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二人がいれば、他のことはもうどうでも良かったのだ。 一夜の惨劇は、またもや夢のように淡く消え、村人の記憶からも消え去った。 男は死んだ村長の代わりにその地位を継いだ。 このことにも、誰も疑問を唱えることは無かった。 十和子の人魚の力が、おそらくそうさせていた。 人魚の誘惑の力、ある一種の幻術のようなものだった。 そして、人魚の伝承を創り上げ人々に信じ込ませた。その伝承にかこつけて、儀式を執り行うことを決めた。年に一度、村から若い娘を選び、十和子にその肉を捧げる。なんとかそれで、十和子の身体を保たせることができた。若い娘の肉の方が、本来の十和子の身体に適合するらしく、抵抗が少ないようだった。 それでも年々、十和子に巣食う人魚の意思は貪欲になっていく。 そして年々老いていく男の一方で、十和子はいつまで経っても美しく若い娘の姿のままであった。 「もう、死にたい…」 床に臥せった十和子がそう呟いた。 「あなたはどんどん年老いていくのに、私はこのまんま…あの頃のまんま。どんどんどんどん、あなたに置いていかれてしまう。あなたが死んでしまったら、私は生きてなどいけないのに…」 そう言って、毎日嘆くのだった。 しかし十和子の言うことは正しい。自分はそう遠くない未来にこの一生を終える。しかし、自分がいなくなった時、十和子はどうして生きていくのか。誰が彼女の面倒を見るのか。 そんな真摯な想いが、瑞樹にも流れ込んできて、胸が痛んだ。
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