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蝉の音にじわじわと背中を押される。
蒸し暑さを忘れさせてくれる風は、ひと時だけ過去を爽やかに回想する。
笑いシワが刻んだのは、優しい記憶。
何度も、いつでも、幾度も、暖かく見守っていたふたりの眼差し。
子どもの頃に見上げた背中は、丸くなり、小さくなった。
誰にも内緒だよと、シワの寄った手指がきれいな飴玉や小さなおもちゃをくれた。
風は通りすぎてしまった。
時は流れてしまった。
前に進んでしまった。
蒸し暑さがまとわりつき、蝉の音が頭を叩く。
「もうちょっと、先だったかな」
頬から顎にまで汗が転がった。
片手で拭い、つばの広い麦わら帽子をかぶり直す。
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