6人が本棚に入れています
本棚に追加
店に着いて、古びた木製のドアを開けると、ギイと安っぽい音がした。
薄暗い灯りの先に俺の仕事場がある。カウンターの椅子に座るマスターを隠すように、スーツ姿の男二人が立っていた。迷惑そうな顔でマスターが話をしているのが見える。
予想以上の速さに、俺は唾をごくりと飲み込んでいた。
俺の存在に気付いて、マスターが手を上げていた。男達は確認作業が終わったのか、踵を返し俺と向き合っていた。
くたびれたオヤジと賢そうな若い男のコンビ。俺は、視線を合わさない様に下を向いていた。若い方が俺に声をかけようとしたが、もう一人は、足早に俺の横をすり抜けていた。
「なんすかっ? あいつら」
「刑事だよ。今朝のニュース見たろ」
「事件て? なんすかっ?」
知らないふりをしたのは、刑事が来た理由を知っているからだった。
マスターは、乾いた唇を震わせて笑った後、「テレビくらい見ろ、ばか」と毒づいた。
「そこの店のホステスが、昨日の夜、殺されたんだと。ここら周辺の聞き込みしてんだろ」
俺は、小波を起こす胸の内を顔に出したりはしない。
チラリと頭を過る金色の髪。物が溢れたピンク基調の部屋。全ては過去の物になり既に捨てた記憶。
ニュースで見た被害者写真は、黒髪の幼いものだった。
刑事が、自分を呼び止めなかった事に、俺は安堵していた。
こんな奴、俺は知らない。
心の中で、俺は何百回も呟いていた。
最初のコメントを投稿しよう!