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ホームの影
通勤で電車を利用している。
仕事の都合で、世間のラッシュアワーよりかなり早い時間帯に駅を利用するため、ホームも電車もガラガラだ。
でもこの数日、同じ電車が来るのを待っていると、いつも背後に人の気配を感じるのだ。
差し込む朝日の加減で、後ろの人の影だけがうっすらと俺の足元にまで伸びているのが見える。
だけどいざ電車が来ても、その人が車内に踏み込んで来ることはない。
多分、後続の電車に乗る人なんだろうと、特に意識は向けなかった。
でもあの日、その不可思議な事故というか事件というかは起こったんだ。
いつものように電車を待っていると、影で背後に誰かが立ったことが判った。
気にも留めずにいると、アナウンスと共に電車がやってくる音が響いた。
乗り込むべく動き出そうとした時、靴ひもがほどけているのに気がついた。
直してからでも充分乗車には間に合う。そう思い、ひょいとかがんだ俺の頭上を、何かが過ぎる気配がした。
…突如辺り一帯に、大音声の悲鳴のようなものが響き渡った。
列車がいつもの位置に止まると同時に、車掌さんや運転士の人が降りてくる。ホームにいた駅員さんも駆けつけた。
声の様子からして、誰かが電車に飛び込んだと、みんなそう思ったのだ。
けれどホームにも線路にも、人の姿はおろか、他の何かが落ちた痕跡はなかった。
幸いにも、俺は靴ひもを治そうとしているだけの状態を駅員さんが見ていてくれたため、あらぬ疑いをかけられることもなく、俺はいつものように…いや、いつもより数分遅れて発車した電車で会社に向かった。
ただその時、ホームの、さっきまで俺がいた位置より少し線路側に、手のひらのような跡が見えたが、帰りには何もなかったので、気のせいだったかもしれない。
電車を数分止めた、被害者のいない飛び込み事故。
時間帯が早いため、これで被害をこうむった人もほぼおらず、この件はろくに噂になることもなく立ち消えた。
それ以来、俺の背後にいた人影を見ることもなくなったが、俺は、電車に飛び込んだのはその影の主だろうと思っている。そして、あの日たまたま靴ひもがほどけた自分を、かなりの強運の持ち主だとも思っている。
ホームの影…完
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