◇死刑執行前日◇

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 束の間、凍りつくような沈黙が落ちた。吸い込んだ空気が、とてつもなく重く感じられた。 「今日からもう授業はありません。朝のホームルームだけ出席したら、残りの時間は、各自自由に使ってください。以上です」  雨宮先生はそれだけ言い残すと、フレアスカートの裾をひるがえして教室から走り去っていった。教室の四隅に立っていた監視官のうちの二人が、すぐさまそのあとを追いかける。 「嘘でしょ……」 「やだ。死にたくないよぉ……」  ふたたび、教室中にざわめきが広がった。  ――残りの時間。  その言葉に、自分の中で何かが激しく吹き荒れた。  明日、僕は死ぬかもしれない。自分が死ななくても、この中の誰かが必ず一人死ぬ。  改めて自分の置かれた状況を理解した途端、さぁっと顔から血の気が引いていき、全身が無感覚に陥った。  このクラスに集められた子供たちは、BEYOND THIS GENERATION――通称BTGという元テロ組織のメンバーであり、逮捕された当時、全員十四歳以下という若さだった。  あまりにも未成年による凶悪犯罪が増加したため、20XX年1月、ついに少年法が廃止され、たとえ何歳であろうと成人と同じ刑罰を受けることになった。  ここにいる三十一人は、殺した人間の数が桁外れだったので、有無を言わさず全員に死刑判決が下った。  だが、僕たちは大量殺人を犯した加害者であるのと同時に、日本各地で多発していたとある拉致事件の被害者でもあった。  幼少の頃に拉致され、自分の意思とは関係なくテロ組織に加入させられたとはいえ、取り返しのつかない罪を犯してしまったことには変わりがない。  つい昨日までは殺すことが正義だったのに、今日からは愛することが正義だと言われても、すんなり受け入れることができなかった。  自分たちは悪いことをしたから死刑になる、などと言われても、その意味を理解するのに苦しんだ。悪いことをした覚えも、罪を犯した覚えもなかったからだ。  僕たちが生きてきた世界では、大人の命令に逆らうことと、涙を流すこと、この二つだけが死に値する罪とされていた。
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