前を向いたらベルが鳴る

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最愛なる兵士へ どうか私を見捨てておくれ 二羽の蝶々が墓石に飛んでも 蚊帳の奥で呼び水の音がしようとも 私はここで生き続けます 貴方が帰るその日まで 西暦すら無くなった近い未来。月は全世界を平等に照らす。 その世界にただ一つの廃れた映画館。私の仕事はこの映画館の床を掃くこと。ゴミ一つ落ちていないこの床を掃除すること。 過去には賑わいを見せていたこの町も今ではカレーの臭いすら漂わない。 いつか店に来た探検家は「北へ行く」と言い残し、コーラの瓶を片手に旅立っていった。 いつものように箒でほこりを取り、水に濡れたモップで床を拭く。ポップコーンを作る機械の手入れが終わったら私の時間。私にとって特別な席、最前列から少し後ろに下がった真ん中二つ右の席に座ってぼんやりと前を見ている。 私の姿が映画の中に溶けていく。タイトル「私」の無声映画は淡々と繰り返される。冒頭シーンは色あせて消えてしまっている。明確に覚えているのは幼い自分に話しかける大人の人。ワンピースをプレゼントされた私。 上映時間「4950年」の結末はいつも同じ。廃れた映画館の床を掃く私。孤独で孤高な上映会は今日もポップコーン一つ無く終わった。 廃れた映画館に残された唯一の動体。私は、今日も働いている。冒頭シーンを見るまでは。冒頭シーンが流れるまでは。
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