第1章

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 そして澁澤は、自分の名前と所属を、ごくあっさりと話した。  別に、嘘つかれたってかまわなかった、たぶん。  どうせ、(はた)さんあたりに訊けば、刑事の身元なんてすぐ調べがつくだろうし、もし、ヤクザなのだったら、もっとすぐに、調べがつくに違いない。  違いないけど、まあ、刑事にせよヤクザにせよ、僕はこれまで、誰かの身元を調べようと思ったことなんかなかったし、調べてもらったこともなかった。  やがて、二本目のキャメルが、フィルターの根もとギリギリまで燃え尽きた。  澁澤はしばらく、持て余すようにそれをつまんでいたが、結局、一本目と同じように、テーブルの端にころがす。  そして、またパックを手に取ると、三本目を振り出した。  僕はすかさず言う。 「タバコ、吸わないでって、言ったよな」 「まあ、そう言わず、吸わせろよ。今時分、どこもタバコなんか吸えやしない」 「なら、禁煙すれば」  澁澤が、笑うように溜息をつく。 「今は、もう、ほとんど禁煙してるみたいなもんさ、ただ、たまに吸いたくなるだけで」  ――ふうん。たまに? 「『寝たあと』とか?」 「そ、『寝たあと』とか」 「だったら、もういいと思うけど、十分吸ったろ?」  二本も吸えば、十分どころか、十二分だ。  だが澁澤は、短い嗤いを洩らしてジッポーの蓋を開けた。  シュと、発火石の擦れる音。      「『吸うな』って言ってる。ここは僕の部屋だ、言うこときけよ」 「そう、威張るな」  ライターの蓋を開けたまま、澁澤が上目づかいに僕を見た。 「『僕の部屋』ってったって、どうせ、親がかりのマンションのくせに」 「消せよ」  長い溜息をワザとらしくついて、澁澤が「ハイハイ、了解、お坊ちゃん」とつぶやいた。  チンと、涼しい音とともに、ジッポーの蓋が閉じる。 「しかし……平然としてやがるな」 「何が?」 「俺がデカだって聞いてもさ、シレっとした顔していやがる」  うっすらと伸びはじめてきた顎ひげを人差し指で掻きながら、澁澤が言った。
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