第8章

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1  「あの人」とは、別に何を話すってワケでもなかった。    「具合はどうだ」とか訊かれて。  ――別に、秦さんからもう、病状とかは聴いてるんだろ?  なんてことを胸の内で思いながら、適当に返事をしたり。    大学はあと何年ぐらい行く気かとか。  金は足りてるのかとか。    別に、苦学生をする気は毛頭なかったけど、僕は大学の奨学金に通るくらいの「頭」はあったから、学費はそれでまかなおうと思っていた。  それも貸与とか育英会とか、そういうんじゃなくて。  学費免除プラス「お小遣い程度のプラスアルファ」っていうぐらいの内容の、大学の著名な研究者やら創設者やらの名前を冠した、全額もらえるヤツを。  でも申請書を出してすぐに、教務課から連絡が来た。  あの人の弁護士(タカシナさん)が、取消しの依頼を出してきたというのだ。  しかも、寄付金付きでさ。    さすがにそれは、僕としてもちょっと、恥をかいた気分だった。  いつもなら完全に無視する「あの人」の振る舞いだけど、その時ばかりは、高階さんに文句のひとつも言ってやったんだ。  でも、「会長からは、『奨学金っていうのは、本当に金の困ってるモンに回してやれ』とのことでしたので」と。  高階さんは、僕にそう言い返したっけ。    どんな「ノブレッソブリージュ」だよ? ヤクザのくせにって。  思わず鼻で嗤っちゃったけどね。    秦さんとあの人と、三人。  だだっ広い座敷で顔つき逢わせてたのは、ほんの三、四十分ってとこだった。  でも体感的には、ゆうに三、四時間経った気分だったよ。
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