第8章

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2  そうやって無邪気に水遊びをしながらも、僕は気づいていた。  庭木に姿を隠してはいたけど、その視線は、とてつもなく露骨だったから。  見覚えのない顔だった。結構、若い男だったと思う。  劉山会の幹部連中でもなければ、傘下の若頭や補佐でもなさそうな……。  記憶を蘇らせてみれば、あの頬やうなじの肌の感じは、まだ二十代ぐらいだったのかなと。今になってみれば察しがつく。  何かの集まりで、傘下団体の「お偉いさん」に連れられてきた下っ端の「草履取」といったところだったんだろうか。  その男は、僕の脚を見ていた。  露わになった爪先や膝下だけでなくて。  はだけた浴衣の合わせ目の、もっと上の方まで。  ガサリと、木の枝をしならせて、その男は縁側の方へと近づいてきた。  僕をじっと見つめたまま。    水面を蹴る足を止めて、僕もじっと、その男を見返した気がする。  というか、その男の首筋を伝う汗を……。  足首をきつく掴まれた。  男は、そのまま足を持ち上げたから、僕はあおむけに縁側にひっくり返った。    続けて、ふくらはぎに不思議な感触がした。  男が、僕の足に舌を這わせていた。    肩口にゾワゾワとしたものを感じ、それでいて足の付け根がむず痒いような、そんな気分に襲われる。  僕はびっくりして、ただ、目を丸くしていた。  男の舌やくちびるは、どんどんと上がってきて、それが腿にまで達した時。  そいつは靴を脱ぐと、僕を抱きかかえて縁側から部屋の中に上り込んだ。  その拍子に、盥がひっくり返り沓脱石から転がり落ちていくのを、目の端で見た覚えがある。  僕を畳の上に降ろすと、男は縁側との境の障子を後ろ手で閉めた。  そして、浴衣のすそを大きく押し開いて、僕のボクサーパンツのゴムに指を掛けた。  その部分を触ることを、覚え始めた頃だった。  だから、男の指がそれを握ったとき、僕は驚きはしたものの、同時に、甘いように痺れる刺激も感じ取った。  暴れもしなければ騒ぎもしない僕に調子づいたのか、男は僕の部分を、いきなり口に含んだ。  片手で僕の腰を抑えながら、もう片方の手を伸ばし、浴衣の胸元に指を入れて、小さな尖りをこね回し始める。    胸を弄る行為は、さすがに初めてだったから、僕の体はショックで、ビクンと大きく跳ねた。  たぶん、それに「ソソられた」のだろう。男は、さらに執拗に僕の胸を弄びながら、陰部を舐ってきた。  「その時、僕は全然怖くなかった」といえばウソになるかな……。    今思えば、男の口淫は、大して上手いものでもなかったのだけど、でもそれでも、ペニスを口腔に含まれ愛撫されて、僕はあの時、ちゃんと性的な快楽を感じ取っていた。    その部分へと与えられる刺激があまりに心地良くて、僕はどうにも体に力が入らなくて。  ただ、なされるがままに、畳の上に横たわっていた。  くちゅくちゅと音を立ててしゃぶられるのが、その歳の子供にしても、ひどく恥ずかしく、そして「いやらしい」とも思えた。  その一方で僕は、腰にあたる帯の結び目があまりに痛くて、それを解いて欲しくてたまらなかった。  でも男は、そうやってひどく余裕なく僕を「ガッついて」いたから、浴衣の裾を押し上げ、胸元の合わせを無理やりに押し広げるだけで、ともかく一向に帯を解いてはくれなかった。  固い角帯が肌にずっと擦れ続けて、それがひどく難儀でならなかったのも、やっぱりよく覚えている。  男は、僕のその場所を夢中にむさぼっていた。  腰に顔を埋める男の後頭部が、なんだか少しだけ犬みたいで可愛らしく思えたのは、その男の髪がブリーチで金色に透けていたからかもしれない。  その頃、好きでよく写真を眺めていたリトリバーの仔犬と同じような色だったんだ。  息が上がって、変な声が止まらなくなって。  僕は頬を畳に擦りつけていた。  張り替えたばかりのそれは、すごく青い匂いがしていた。  頭の中が真っ白くなって、どうしようもなく腰が勝手に動いて。  絡みついてくる男の舌に、自分からペニスを擦りつけた。    そうやって、せつないような快感が募り切った瞬間に。  僕は、廊下側の襖の隙間に人影を見た。  その三下は、縁側の障子は閉めたくせに、部屋の襖の方にはなんの関心も払っていなかったんだ――  すぐさま、スラリと襖が引き開けられた。  そうやって畳の上に押し倒され、陰部を舐られている僕を見つけたのが、一体誰だったのか、よくは覚えてない。  ただ、秦さんでなかったことだけは確かだ。  その後、「くだんの三下」が、どうなったかは知らない。  埋められたのか、沈められたのか、生きてるのか。  どうしてるのかな、あの「リトリバー」。  一瞬だけそう思ってから、僕はスラックスのジッパーを下し、中へと指を滑り込ませる。  先端はもう潤んでいて、触れるとグチュリと音を立てた。  ジンと痺れる感覚に、小さく声を上げた刹那。  僕は、まるでデジャブみたいに、襖の薄い隙間に人影をみた。  
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