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「……ったく、一体、なんの用だよ」
つい、イラ立ちを露わにし過ぎていたことに、ふと気づいて、僕は口調と声を抑える。
「『なんの用』って、お前、そんなこと、決まってるだろうが?」
澁澤が、まさに「のらりくらり」といった風に応じた。
「あのさ、オッサン。別に、約束なんかしてなかったよな、次があるとか思ってたワケ?」
――そりゃ、「ゆきずりで拾う」にしては、「微妙」な相手だったさ。
まさか刑事だなんて、思わなかったし。
向こうは、どうやら僕の身元を知った上での情事だったみたいだけど。
でも、父親がらみの下心があるって風にもみえなくて……。
っていうか、正直、あのオッサン、めちゃくちゃヒョウタンナマズで、なんか意図があるのかどうかなんて、結局は、全然掴めなかった。
澁澤に、どんな意図があったのだとしても、そんなことは別に、どうでもよかった。
基本的に、物事なんて、大抵はどうでもいいことだ。
僕はそう思っている。
――でも、ひとりの時間を突然に乱されるのは、全然、どうでもよくない。
「あのさ、こんな時間に突然、他人の家に押しかけて来るなんて、マナー違反だと思わない? オッサン、いい歳した社会人だろ?」
……社会人というか、そうだよな「刑事」だっけ。
厚かましいのは、お家芸かよ。
「別に、そう遅い時間でもないだろう? 小学生のガキでもあるまいし」
これ見よがしに腕時計に目をやって、渋澤が言う。
「っていうか、帰れ。僕は別に、アンタに用はない」
ここまで言われても、澁澤は、口もとにとぼけた笑みをたたえたまま、帰る気なんて毛頭なさそうにして、ドアの傍に立ち続けている。
思わず、舌打ちが洩れた。
まあいいか? ほっとけば。
……その内、いなくなるだろう。
僕はインターフォンのスイッチを切った。
そして、壁のモニターに背を向けると、「少し早いけど、そろそろ寝るか」などと考え、そのままバスルームに向かって歩き出す。
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