2743人が本棚に入れています
本棚に追加
シャワーを浴びる間に、いましがたの不作法な訪問者のことなど、僕の頭の中からは、すっかりと洗い流されてしまっていた。
バスローブを纏って、髪の毛をタオルで拭きながら、冷蔵庫に向かう。
ミネラルウォーターの小瓶を取り出して、栓をひねり開け、くちびるをつけたところで、ふと、澁澤のことを思い出した。
――さすがに、もう帰っただろうな。
という予想には微塵の疑いも持っていなかったが、何とはなしに、僕は、インターフォンのモニターをオンにする。
腕組みをしてドアに寄りかかっている男の姿が映し出された。
澁澤が、ゆっくりとカメラを見上げる。
「随分、念入りなシャワーだったな、もう『準備万端』か? いい加減、中に入れろよ」
――――!!
「別に、アンタのためにシャワー浴びてたわけじゃ……っ」
マイクのスイッチを入れるのも忘れたまま、僕は思わず口走った。
「夜中に怒鳴るな、近所迷惑だ。ここまで聞こえるぞ?」
澁澤が、カメラの向こうで薄く笑う。
と、エレベーターのドアが開いて、誰かが降りてきた。
続いて、足音が、廊下を歩み寄ってくる。
モニターのフレームに、その「誰か」の姿が入った。
よく把握していないけれど、多分、同じ階の住人だと思う。
その人物はすれ違いざま、澁澤に、ぶしつけなまでに怪訝な視線を向けた。
だが澁澤は、そんな露骨な警戒のまなざしにも、ごく飄々と顎先の会釈で応じてみせる。
近所関係なんて、別に気にしてはいない。
面倒事があれば、どこかよそへ移ればいいだけだ。
……とはいっても、引越っていうのは、それなりに手間がかかる。
次の部屋だって、「どんなのでもいい」というわけにはいかないし。
どこへ住んだって、「父親」の稼業は、すぐにそこの所轄で把握されるから、何かトラブルになれば、色眼鏡で見られるのは、まず僕の方だ。
周囲に気を遣おうとも思わないけれど、だからといって、ことさら好んで厄介事を引き寄せるつもりもない……。
僕は、短く溜息をついた。
そして、玄関に向かう。
最初のコメントを投稿しよう!