第2章

5/12
前へ
/935ページ
次へ
 シャワーを浴びる間に、いましがたの不作法な訪問者のことなど、僕の頭の中からは、すっかりと洗い流されてしまっていた。  バスローブを纏って、髪の毛をタオルで拭きながら、冷蔵庫に向かう。  ミネラルウォーターの小瓶を取り出して、栓をひねり開け、くちびるをつけたところで、ふと、澁澤のことを思い出した。  ――さすがに、もう帰っただろうな。  という予想には微塵の疑いも持っていなかったが、何とはなしに、僕は、インターフォンのモニターをオンにする。  腕組みをしてドアに寄りかかっている男の姿が映し出された。  澁澤が、ゆっくりとカメラを見上げる。 「随分、念入りなシャワーだったな、もう『準備万端』か? いい加減、中に入れろよ」  ――――!! 「別に、アンタのためにシャワー浴びてたわけじゃ……っ」    マイクのスイッチを入れるのも忘れたまま、僕は思わず口走った。 「夜中に怒鳴るな、近所迷惑だ。ここまで聞こえるぞ?」  澁澤が、カメラの向こうで薄く笑う。  と、エレベーターのドアが開いて、誰かが降りてきた。  続いて、足音が、廊下を歩み寄ってくる。  モニターのフレームに、その「誰か」の姿が入った。  よく把握していないけれど、多分、同じ階の住人だと思う。  その人物はすれ違いざま、澁澤に、ぶしつけなまでに怪訝な視線を向けた。  だが澁澤は、そんな露骨な警戒のまなざしにも、ごく飄々と顎先の会釈で応じてみせる。  近所関係なんて、別に気にしてはいない。  面倒事があれば、どこかよそへ移ればいいだけだ。  ……とはいっても、引越っていうのは、それなりに手間がかかる。  次の部屋だって、「どんなのでもいい」というわけにはいかないし。  どこへ住んだって、「父親」の稼業は、すぐにそこの所轄で把握されるから、何かトラブルになれば、色眼鏡で見られるのは、まず僕の方だ。  周囲に気を遣おうとも思わないけれど、だからといって、ことさら好んで厄介事を引き寄せるつもりもない……。  僕は、短く溜息をついた。  そして、玄関に向かう。
/935ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2743人が本棚に入れています
本棚に追加