第2章

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 ノブに手を置き、僕は玄関のロックを外した。  ごく薄く開いたドアの隙間から、驚くような機敏さで、澁澤の半身が滑り入ってくる。  はずみで突き飛ばされ、僕は背中を、壁にしたたかに打ち付けた。 「……痛っ、ちょっと、なんだよ!」  澁澤の肩へと、力いっぱい繰り出した拳が、すかさず掴み取られる。  そう強い力というわけじゃない。  なのに、僕は、腕だけじゃなく肩も脚も、まるで動かせなくなった。  「勘所」を弁えている人間の技だ――。  僕自身、多少は「嗜んで」いるから、そんなことくらいは、すぐに解った。 「離せって! 何がっついてんの?」 「まあ、そう言うな、お前だって、まんざらでもないんだろう? それこそ『若い』んだしな」 「だから、そういうのキショいんだよ、大体、汗臭い汚いオッサンの相手なんか、まっぴらだ」  僕はこれ見よがしに、澁澤から顔をそむけて言う。 「汚いって、随分なことを……」  澁澤が、小さく鼻息で嗤う。 「ああ、お前は念入りにシャワー浴びて『キレイ』にしたんだよな? じゃあ、俺が挿れればいいだけのことだろ」 「だから! ふざけんなよ、オッサン」  言いながら身体をぐるりと捩り、僕は澁澤の腕から逃れた。 「心配するなって、ちゃんと着けて挿れるんだし。この間もそうだったろ?」  澁澤は、両腕を開くと、おどけるように肩をすくめて言う。 「そういう問題じゃない」 「別に俺だって、そう不潔じゃないぜ? 今朝だって、シャワー浴びたしな」  ……本当に、ウザすぎだろ、このオッサン。  ムカつくから、足払いでも掛けて投げ倒してやろうと、さっきから見計らってるのに、澁澤は、微塵の隙も見せない。    ああ、もう!   ぺらぺらぺらぺら、ムカつく戯言ばかり言ってるくせに。  なんなんだ、コイツは。    僕のイラ立ちはますます募る。  と、次の瞬間、耳もとを掴まれ、僕は澁澤に口づけけられた。  ミントのような香りとかすかな刺激が、口から鼻に抜ける。  澁澤は、よれたワイシャツとネクタイ姿だったし、近づいたら、さぞかし男くさいに違いないと思っていたから、その涼やかな匂いは、あまりにも意外で。  僕はまた、反撃のタイミングを逸してしまった。
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