第2章

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 ――果てるともなく、律動を続けていた澁澤の腰が、やっと僕の身体から離れたのは、一体、何時頃だったろう?  たち下げるどころではなかったパソコンは、エンドレスに動画サイトの再生リストを流し続けている。  床に落ちた枕を拾って、首の下に入れ込みながら、澁澤が、「何、これ……Y響?」と訊ねるように呟いた。  そうだけど? と、僕は気怠く応じる。腰から下は、もう、痺れきっていて感覚がほとんどなかった。  ふうんと、唸り声で応じて、澁澤が溜息をひとつ。  そして、「好きなのか?」と続けた。  何を訊きたいのか、今一つ、はっきりとはしない問い掛けだった。  流れている曲が好きなのか、作曲家か、指揮者か、その時の演奏それ自体が好きなのかどうかを訊ねているのか……。  だがまあ、おそらく、「Y響というオケが好きかどうか」ということを訊いているのだろうと、僕は、とりあえず、そう仮定した。  別にいいのだ。  これは要は、「ピロートーク」ってヤツで、互いに性欲を発散しあった件について、社会通念上の「礼儀」として交わすだけの言葉なのだから。   そこで細かく、質問内容の正確性にこだわったりするから、理系っていうのは嫌われるわけで。 「特別に好きってほどじゃない。でもまあ、演目がありきたりじゃないしね、他の国内のオケと比べれば……だけど」  すると、澁澤が短く鼻で嗤った。 「なんだよ、オッサン? 他人(ヒト)の趣味にケチつける気か」  まったく、どこまで失礼なオッサンなんだ、コイツは。  こっちだって「付き合い」だと思って、ダルい中、わざわざ答えてやったのに?!   「いやいや、別に、ケチはつけてない」  言って澁澤が、片手を上げて、ひらひらとさせた。 「ただ、Y響は、ちょっとオーセンティックじゃなさすぎると思ってさ」 「だから……『そこ』がいいってこと」  僕の反論に、澁澤はわざとっぽい溜息を洩らす。  そして、ベッドに横になったまま、腕だけを床へと伸ばした。  無精にも手探りで、ジャケットの中のタバコを探しているのだと解ったから、僕はすかさず、「タバコは吸うなよ、オッサン」と、釘を刺す。
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