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「それで、どっちが誘ったんですか」
秦さんが、淡々と切り込んでくる。
「別に……どっちってことはない」
「例えば、坊。向こうには、何か良からぬ下心があって、坊に近づいたってことは……」
「そりゃ、あったんじゃない?」
言い捨てて、僕は蓮っ葉に笑う。
「『セックス』っていう、良からぬ『下心』がさ?」
僕の答えに、秦さんは、やれやれと肩をすくめた。
「あのさ、秦さん」
エスプレッソを飲み下して、僕は真顔で言う。
「父親に『義理立て』はしなくてもね、僕にだって、一応、人並みに警戒心ってものはあるんだよ。バーで近づいてくるヤツらが、なんかおかしなことでも企んでやしないかってことくらいは、ちゃんと気を付けてる」
「ですが、坊」
「あのね、秦さん。第一さ、刑事が、僕の周りをどれだけ嗅ぎ回ったって、何も解んないはずだよ。だって、僕は組とはまるで関係ないし、誰と付き合いもない……『秦さん以外には』って意味だけど」
そうさ。
何も知らなきゃ、どうやったって巻き込まれようがないんだ。
だから僕は、あの人から、あの家から、距離を置いて、一切かかわらないようにしている。
と、秦さんは、手にしたグラスに残ったグラッパをコーヒーカップに流し入れて、グッと一息に呷る。
そして、手の甲でくちびるを拭い、
「坊は、相変わらず『女』の方は?」と、ごく声を潜めて訊いた。
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