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「では、坊としては、あのデカと手を切るつもりは、今のところ、おありではないと?」
秦さんが、ごく低い声で言った。
それは、呟きほどの小声だったが、ゾクゾクする凄みを帯びた、超一級のヤクザの声音だった。
「別に……手を切るのどうのって、そんなんじゃない。向こうの方がすり寄ってくるんだよ。ヤリたくなったら」
そう、僕から誘いの連絡をしたことなんか、一回もない。
厚かましく押しかけてくるのは、いつだって澁澤の方なんだ――
「だったら、追い返したらいかがです?」
「その気がない時は追い返してるよ」と、僕はすぐに応じる。
まあ、ただ……。
あのオッサンの、ねちっこくってイヤらしい手管が割といいから、つい僕もムラムラして。
結局、最後には、「そういう気分」にさせられてしまうってことが多いだけで――
「別に、僕がすがってるわけじゃない」
「坊……」
「そうそう、あの『オッサン』さ、結構、アッチの方、『強い』んだよね、いい歳してさ」
僕の言葉が、段々とあけすけになってくるにつれ、今度は秦さんの方が、居心地悪そうに俯き始めた。
その様子が、なんだか面白くって。
僕は、もう少しだけ調子に乗ってみる。
「もう、ねちっこいわ、しつこいわで、延々とイカされるんだ……ねえ、秦さん、ドライオーガズムって知ってる? そう、『放出』なしのエクスタシー。あれってさ、相当、身体の相性良くないと、なかなか達しないんだよね……」
考えてみれば、秦さん相手に「猥談」なんて、初めてかもしれない。
それに……。
ワインが醒めきっていないせいか、段々と「エロい気分」にもなってきた。
「ねえ、秦さん」
テーブルへと前かがみに身を乗り出し、僕は、秦さんの首筋に顔を近づける。
「……キスとかしてみる? 僕と」
「坊」
首筋に冷たい刀身を押し当てられるような、ゾッと寒気を帯びた声。
「おお、怖」
大げさにふざけ散らしながら、僕は、秦さんから顔を離す。
秦さんの口もとは、ごく深刻な様子に引き結ばれていた。
めったにはお目に掛かれない秦さんのそんな表情に、僕の下腹部が、ジンと熱く痺れる。
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