第3章

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1  タクシーを降りた時には、なぜか妙にイライラした気分だった。  ……胃が重たいからかもしれないな。  そんな風に思いながら、僕は、マンションのエントランスのロックを解除する。  カスタードプディングが余計だったのか……いや、違う。  それほど食べたわけでもない。    きっと今頃、秦さんなんて、どうにも物足りなくて、どこかの店で夜食でも取っているに違いないだろう。  ひとりきりのエレベーターの中で、シャツのボタンを四つほど緩めた。  そして、ふと気づいたように、僕は、右奥の防犯カメラに視線を向けてみる。    エレベーターを降り、玄関を開けて部屋に入ってソファーに横たわった。  少しの間、目を閉じていたが、すぐに起き上って服を脱ぎ、バスルームへと向かう。  ぬるめの風呂に二十分ほど浸かってみたが、カリカリと苛立つような気分は、それほど落ち着きはしなかった。  バスローブをまとい、タオルを被ってキッチンへと行き、ミネラルウォーターをひと口飲んだ時に、僕はやっと気づく。  ああ、エスプレッソのダブルだ。 あれが、一杯余計だったんだんだな――  あの「気を利かせ過ぎ」のウェイターが、秦さんのグラッパと一緒に、僕にもお替りなんか持ってくるもんだから。  僕は、ひと息、溜息を洩らした。  そして、短めのバッハを薄い音量で流して、バスローブのままベッドに潜り込む。  憂鬱極まりない大学でのゼミから引き続いて、秦さんとの久しぶりの会話。  なんとなく気疲れをしていたし、できればもう、さっさと眠りに落ちてしまいたかった。  なのに、気持ちはなんだか、ガサガサとささくれ立って仕方がなく、とても寝付けそうにない。  二、三度寝返りを打ってはみたものの諦めて、僕は、左手の指先をローブの合わせ目にすべらせた。  その手で胸の尖りを嬲り、右手で緩く隆起した部分を握る。  安直な方法だが、成功率は高い。  ……大抵の場合は、これで手っ取り早く眠りにつくことができる。    早速に、尖端から、とろりとぬるい粘液があふれ出た。  本当は、もう先から、興奮……してたかもしれない。  秦さんを相手に、きわどい言葉を口にして。  刀身のように、ぞくりと冷徹な、あの胆力のある声に、背筋が痺れた。  テーブルクロスの下、僕はずっと、ひそかに男の部分を固くしていたのだ。
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