第3章

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「あ……秦さん、して、キスして」  口に出して言いながら、僕は、胸の尖りを自らの指で執拗に舐る。 「触りたい、秦さんの……」  秦さんの肩甲骨、腰、上腕部。そして、そこを埋める艶めかしくも緻密な彫り物。  ごく幼い頃に、何度か見て、触れたことのある、男の張りを帯びた肌。   思春期から、もう何度も、擦り切れそうなほどに繰り返したのと同じ順序で、僕は妄想を暴走させる。  僕にとって、秦さんはずっと、漠然とした憧れの男性であり、性欲の対象だった。  そしてそれは、決して手に入ることがないと解っているがゆえに、僕にとってはまるで「ライナスの毛布」のように、絶対的な安心感を伴った「性的な幻想」であり続けていた。  眠れない夜や、不安にさいなまれている夜に、必ず自らの慰めで達することのできる、そんな存在として――  でも今夜は、何かが違っていた。  僕の頭の中でいつもどおり繰り返され妄想の手順が、途中から突然に、今までのものとは異なる方向へと動き始める。  縋りついていたはずの秦さんの身体が、いつの間にか、別人のものに変わった。  そしてそれは、澁澤の身体だった。
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