第3章

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 *   まさに「ズカズカ」と言った風に、僕の部屋に入ってきて、スーツのジャケットを脱ぐと、澁澤は、ドサリとソファーに腰を下ろす。  人差し指をネクタイの結び目に入れて緩め、Yシャツのボタンを外した。  僕は傍らに立ち、腕組みをして澁澤を見下ろす。 「何?」と言う顔で、澁澤が首を捻るようにして、僕を見上げた。 「昨夜……電話、した?」  電話? と鸚鵡返しにして、澁澤は襟からネクタイを引き抜く。  そして、「誰に? お前の番号は、俺、知らないな」と続けた。  その言葉に、一瞬、僕のみぞおちは、グッと締め上げられる。 「ホント? ホントにしてない?」と訊ね返しながらも僕は、澁澤が言っていることは本当なのだろうと、すでに確信めいて解っていた。 「第一、お前、電話なんか掛けたって取りゃしないだろう?」  どこか暢気な口調で、澁澤が続ける。 「家にいる時は、スマホ、そこらへんの引き出しに放り込んだきりじゃないか」  それから澁澤は、「おい、なんか飲ませてくれないか。喉、カラカラなんだ」と言い足した。  僕は、その言葉をまるきり無視して、腕組したまま立ち尽くす。  澁澤は、やれやれと溜息をついて、立ち上がるとキッチンへと向かい、冷蔵庫を開けると、中を勝手に漁り始めた。  なんだ、ビールとかはないのか? とか言いながらガス入りのミネラルウォーターの壜を取り出す。  そして、今一度、深々と溜息を洩らしながらダイニングチェアに座り、ペリエの壜に口をつけると、 「……電話が、どうかしたのか」と、僕に問い掛けた。  僕は、それに応じない。  澁澤も、別段、返事など期待していなかったのだろう。僕のことは知らん顔で水を飲み干していた。  そんな澁澤のもとへと、僕はツカツカ歩み寄る。
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